池田 泰弘

初めまして。株式会社Gハウス会長の池田 泰弘です。
少し私のことを紹介させていただきます。


幼少期〜小学生時代

私は3人兄弟の長男として生まれ下は妹2人です。ちなみにすぐ下の妹は眼科医、一番下の妹は薬剤師と兄弟の仲では一番勉強のできない兄貴です。

私の幼少期に、父親は喫茶店を買い取り改装し、そのお店を繁盛させてから、その営業権と不動産を売るということをしていました。そのため引っ越しの連続(恐らく15回ぐらい)でした。

私の誕生日は3月25日です。いわゆる「早やいき」です。低学年の時は勉強は最下位、忘れ物表はクラスのトップでした。母親は学校へ行き担任の先生に「もう一年間、1年生をさせてください」と真剣に頼んだ程ですが、小学校4年生で山本先生という方が、担任になって急に成績も伸び始め、小学校5・6年生と学級委員長をやるまでになりました。


中学・高校・大学時代

中学生時代は、自分の口から言うのもなんですけど、真面目の権化でした。といっても、まじめに勉強していたというわけではなく、サッカーに熱中していました。

登校してから授業の合間、部活、帰宅して夕食後もサッカー。さすがにうまくなりました。当時プロはありませんでしたが友達に「プロに行った方がええんちゃう」と言われたほどです。

ここで人生の転機が訪れました。高校2年生の2学期、父親から勘当を言い渡されました。父親が一方的に、母親を殴ろうとしたのを見て、二人の間に割って入って思わず、父親の胸ぐらを掴んだからです。(今から考えると、止めに入らなくても、父親は手を出してなかったかも?)そこから、下宿をして、苦学生の生活をしました。

京都産業大学に奇跡的に?入学しました。高校3年の時、20人の生徒が職員室に呼び出され・・・「君たちは卒業が危ない生徒だ」と言い渡されました。そういう中で、(当時誰もが受かるとされていましたが)京都産業大学に合格したのです。

受験の当日、昼休みに答え合わせをしていると、私の答えだけみんなと違っていました。落ちたと思っていましたが、なんと私だけが合格していました。高校の担任の先生に合格を報告すると、職員室に響き渡る大きな声でびっくりしされたのを、今でも覚えています。結局、大学ではこれまた不登校を重ね、1年留年し、5年で卒業しました。

池田 泰弘

社会人になって

就職活動は見事に失敗し父親の会社に入りました。

その後、他社に就職し半年ほどで見込まれ毎日休みなく頑張っていました。後程分かったことですが、その会社はほとんど詐欺に近いことをやっていたのです。

ちょうどその頃、母が連絡があり「父が病気で倒れ、入院し家業が滞っている」と。当時まだまだ純情な私はすぐに社長にそのことを伝え、家業を継ぐべく実家に戻りました。ところが玄関を開けてびっくり、病院に入院しているはずの父親が、私を迎え入れたのです。後はウヤムヤ。

そればかりではありません。私が29歳で結婚した理由はこうです。ある日母が真剣な顔で、私にこう言うのです。「悪性の胃がんになり手術をしなければいけない。せめて死ぬ前にお前の結婚をみて死にたい」すぐに見合いをして、結婚を決めました。

手術の結果は良性の筋肉腫が切除でき、でもそのために胃の半分を切除したということでした。その後、父親が昭和63年12月食道がんを宣告され、余命3~6か月とのことでした。結局平成2年の3月25日に亡くなるまで、1年3ヶ月生きることができました。

父親の入院と同時に家業を継ぎましたが父親が私にこう言いました。「好きなようにやっていいが、このままの土地の値段は続かないから、土地の新規購入はするな」。当時、建売住宅をやっていた会社にとって土地の新規仕入れをやめるということは事業が継続できないことを意味します。

土地なしで事業を継続するには、営業力が必要であると考えた私は平成2年3月、センチュリー21の大阪第1期加盟店となりました。その後10年間、不動産売買も経験しましたが当時の建売住宅の質の悪さに腹が立ち、センチュリー21を脱退し注文住宅に特化しました。

常に質の良い住宅を安価で提供したいという思いから、阪神淡路大震災の被害状況の中で、唯一2×4工法だけが被害を免れたという事実に接し、それまでの父親が築きあげてきた在来軸組み工法と他に、2×4工法を始めました。


そして現在

今私がやっていることを一言でいうと、「頑固で丈夫なGハウス。安らぐお家を、納得価格で提供します」です。

“Gハウス””って何だろう?と思った方もいらっしゃるかもしれません。私たちの会社の建築理念の一部をご紹介しますと、

「自分自身が住みたい家をつくります。」
「ご家族が仲良く、安心して住め、時代の変化に順応する快適住宅をつくります。」
とあります。

Gハウスとは、この信念を貫くための具体的な方法を表現したもので、 「現物・現場・現実」の3つの言葉の頭文字Gが由来です。

現物を自分の目で確かめ的確な判断を下すこと。
現場に何度も赴き入念に検討を重ねること。
現実を見据えたご提案を差し上げること。
この3つのGを忘れないために、“Gハウス”という名前を社名に組み込みました。

代表から求職者の皆様へ

最後に

このページをご覧いただいた方に伝えたいメッセージがあります。

弊社は住宅専門の工務店です。お客様にとって、本当に価値がある家とは何か。それを考え続けるプロ集団です。その結果、私たちは2×4工法も建てる工務店となりました。この工法では、ローコスト住宅は提供できません。

それでも耐震性や気密性能、防火性能など、お客様の生涯にわたる安全や安心を考えたときトータルコストでは十分に安くていい家を、そしていつまでもご満足いただける家を提供させて頂いていると思っています。

現在は現場から離れていますが、現役時代、マイホーム購入に失敗する方を数多く見た経験から社団法人を立ち上げ、失敗しないマイホーム購入の知識を広める活動を行っています。

私はお客様のご家族が安心して、仲良く、そして心のよりどころとなるようなお家を建てるお手伝いをしたいと心から願っています。それが私の人生の全てであり、この世に生れた役割なのです。

これが代表である私の、そして弊社の信念です。最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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